開拓 – 白馬
2月1日、カナダから帰国しすぐに白馬へ向かった。
何か目的があったからではない。ただ白馬が好きだから。
北アルプスの切り立った山々の麓の街、白馬・小谷エリアにはたくさんのスキー場、街が一体化し、山が好きな僕らにとって住み心地の良い空間が作られている。
海外からは多くの山好きが訪れる人気スポット。ほとんどのお店には英語のメニューがあり、街を歩いている人の半分、いや半分以上は海外から来た人たち。日本人はというと、あまり外を出歩かないのか、いないのか、白馬の良さを知らないのか、アクセスが良くないのか、あまり見かけない。東京からのアクセスは湯沢や群馬の方が良く、白馬に行くには+2時間くらいはかかる。たまに滑るくらいなら近くへ行っていっぱい滑れた方が良いのかもしれない。関西、東海の人たちは岐阜エリアに行く事が多いが、たまに良い雪を求めてか、それより少し遠くへ滑りに行こうとなった時、アクセス、雪、色々な条件を考えると白馬が候補にあがる事が多い。そんな事もあってか関西弁を話す人が多くいて、そんな関西人の雰囲気が漂っている事も白馬が好きな理由の一つかもしれない。
白馬にいる間は八方にあるHEAD SPORTS STATION HAKUBAにお世話になっていた。
ここにはheadのレンタルやグッズを販売していたり、チューンナップサービスやカフェがあり、headのなんとなく固そうなイメージとは裏腹に、ジローラモ似の高田純次風のおじさんが店主で、日本のゲレンデは見かけないアットホームな空間が作られている。お客さんの半分以上は海外の人で、朝はパンとコーヒーを食べてから滑りに行く人が多く、昼くらいになるとビールを飲みに来たり、ネットをしていたり、海外に行くと良く見かける空間がここにはある。
そんな白馬で暮らした1ヶ月。
この山とどう向き合って行くのか、そう考えた時、僕は白馬を全然知らない事に気付いた。
白馬は好きだけど、白馬の事はあまりよく知らなかった。
自分の足で開拓したい。それから毎晩、パソコンと地図と天気予報をひたすら見続ける1ヶ月が始まった。
白馬に着いて、空を見上げると白く柔らかい物ではなく、固く冷たい雨が降り注いでいる。
山は黄色く、道端に雪はない。今、何月だっけ?4月末?そんな雰囲気を醸し出していた。
雨の後には寒さが戻り、雨で解けた雪が水に、そして氷へ。山も街も氷に覆われた。
それからは、たまに降る雪を求めて歩く日々。
このコンディションの中で何が出来るのか? どこへ何をしに行くべきか? あそこはどうだろう? 難しいコンディションが、挑戦する気持ちを強くさせ、逆に楽しくも感じていた。
白馬で一番一緒に滑ったのはitachanやKAJI、U5くん。
彼らはカメラマンで、itachanは写真家、U5くんとKAJIはHYWODやTOMBOYの映像を作り世に送り出している。
itachanとKAJIは今までで一番スノーボードハマってるんじゃないか?ってくらいで、今まで見た事ない顔が見れて新鮮だった。
二人はお互い意識していて、良いライバルな関係。一人が少し成長すると、もう一人も成長する。日に日に上手くなっていった。
元々は根っからのスノーボーダー。近年はカメラマンとしての仕事があり、スノーボードに乗れる時間も少なくなり、自分の滑る技術に対する向上心は減っているんだろうと寂しく感じていた。自分が滑る事に対してもっとどん欲に、純粋にスノーボードが好きなってほしい。そんな気持ちを前から持っていた。今シーズン、やっとこの時が来たと。本気でスノーボードを楽しんでる二人と滑るのは本当に嬉しかった。
一緒に撮影に行く時は、出来るだけカメラマンも楽しめるところを選んだり、カメラマンも滑れる時間を作れるようにした。
良い作品を作るには、良い一日を作らないといけない。誰もが楽しかったと思える一日を作りたかった。
僕はそんな彼らをカメラに収め、カメラマンの事を理解したかったし、カメラマンには撮られる側の気持ちを感じてもらいたかった。
中々良いカメラアングルを見つけれなかったり、良いと思って実際に撮ったら良くなかったり、ハイクしてる間の待ち時間の寒さや暇さ。滑り手とは違った辛さや難しさがカメラマンにはある。
ターンの撮影から始まり、ジャンプ、ラインと、色々とトライしてしてるのを見てるのは本当に楽しい。緊張している顔や、メイクした時の顔、表情を見ているのが面白い。
カメラマンとしてではなくスノーボーダーとしてのその顔は、いつもと違う顔で、それを撮っている僕はカメラマンの楽しさを少し理解出来た気がした。あの表情を、あの滑りをカメラに納めた時、自然と自分も笑顔になっていた。
カメラマンの気持ちを理解したいと始めた事が、いつからか良いコミュニケーションになっていた。
彼らはライダーの事を理解し始めるようになっていて、ドロップまでの緊張感や、実際に同じところを飛んでみたり、少しハイクして長めのところを滑る時は難しそうにしていた。
だいたいの場合は下から斜面を見て、滑る場所を決めて、写真を撮り、滑るラインの打ち合わせをしてハイクを始める。
「あの木の右を抜けて、ヒールターンをかましてから、あのマッシュを飛んで、トゥ、ヒールして降りてくるわ。」
撮る側はそれを聞いて撮るアングルを考える。そしてハイクの後にドロップポイントから入ってくる無線は、「え~あの木ってこれやっけ?あれやっけ? てかマッシュ見えんわ。」と。
下から見る景色と上から見る景色は全く違い、下から撮った写真と見比べても難しい事も多い。
ラインの撮影は本当にワンチャンス。30分、1時間、またはそれ以上ハイクし、その1本に全てをかける。下から見いだした良いライン通り滑るのは本当に難しい。最初に良くある失敗例は、ラインがわからなって止まってしまったり、こける事。itachanは正しくこの洗礼を浴び、クソォォォォーっと悲しい声が静かな真っ白な場所に響きわたった。
彼らの挑戦が僕らの間に新しい絆を生み、お互いを知り、いままでとは違う作品が生まれるようになってきていた。
初めての経験をするという事は本当におもしろい。
旅先に行って見た事ない景色を見る事もそうだし、食べた事のない味のものを食べる事もそうかもしれない。
誰かが経験した事も、個人的に初めてであればすごく新鮮で良い経験になる事は間違いない。
地図を見て、行った事のない場所へ入っていく。たとえ誰かが入ってる場所でも、自分が始めてなら何か新しい発見があるかもしれない。
初めてという感覚を探しまわり、確実にそこへ流れ込んでいく。
人気のない山の中で場所を見つけ、意見を交わし、お互いの感覚を近づける。
その後はそれぞれの作業に集中する。滑る事と撮る事。
このシンプルな作業を繰り返し、繰り返す。
繰り返すにつれて、意識は近くなり、互いの動きが読めるようになる。
あいつはここを滑ってくる。あいつはここを撮っている。
そのリンクを求める事もまた面白い。
山が好きになった理由はなんだろうか。
今まで散々とパークライドしていた自分が、ふとある事を思う。
勝ち負けじゃない。自分にしか見れない景色を見たい。
そして、山に入ると不思議な空気に包まれる。
静かな森の中で、自分の心臓の鼓動が感じられる。
自問自答を繰り返し、目の前の斜面を滑り降りる。
正解も不正解もない。どこでターンしようが飛ぼうが間違いはない。
後に残るのは自分の残したラインと、心の中にある満足感。
今、この時、自分が生きてる証を山に刻み込み、まだ早い心臓の鼓動を感じる。
白馬といえば、あの切り立った山々を想像する。
この2月、僕はそこへは辿り着けなかった。
決して雪のコンディションが悪かったわけではなく、チャンスは何日かあった。
理由は自分の未熟さ。白馬を知らない自分が、少し白馬にいたくらいで行ける場所ではなかった。
ある日、滑りたかった場所にラインが刻まれていた。
悠々と刻まれたそのラインは白馬のローカルが残したという事がすぐにわかる。
そこで気付いた事は自分も含め、撮影のパーティのレベル。
もし、自分なら行けるかもしれないが、今のパーティのレベルで行くには危険すぎる。
そこまでの過程を踏めていなかった自分の力のなさ。
いつかあの場所へ、自分達の力で辿り着きたい。
ラインを横目に、この日は普段あまりしないジャンプの撮影へ。
自分で地形を作って滑るのはあまり好きじゃない。
でも、あーだーこーだ言いながら、一緒に滑り、飛んで、笑って、讃え合う。
リラックスしたこんな日も悪くないなーと思いながらも、頭の片隅にはあのラインが蘇る。
次への期待と課題。難しい雪と格闘した毎日。
白馬を少し、ほんの少しだけ知る事が出来た1ヶ月。
何年もここにいたいと思う自分と、今はそれは出来ないと思う自分。
ローカルとビジターの差を感じた白馬での生活になった。
日本での生活も終盤。カナダへ飛び立つまであと少し。
headのチームメイト原田将臣の誘いで、群馬の天神平へ行く事になった。
1日限りの撮影。天気も微妙、雪の状態はギリギリ。白馬から向かうには少し遠いが、正臣さんの誘いなら行くしかない。
そして案内してくれれるのは、同じくheadの前原大和。彼は天神からほど近い宝台樹が地元で、スキー場の中に家があり週末にはレストハウスを経営しながら、地元を中心にスノーボードをしている、正真正銘、群馬・水上のローカル。
3年前、僕が山へ向かうきっかけを与えてくれた原田将臣。水上ローカルの前原大和。そして、今まで良いという噂だけ聞いて行けていなかった谷川岳・天神平。メンツ、場所、間違いなく良いセッションになるだろうという期待がその日の撮影の疲れを吹き飛ばし、群馬へと車を走らせた。
翌朝、空を見上げると雲一つない晴れ。山に上がり、周りを見渡すとカナダを思い出すような景色が広がる。
なぜ今まで来てなかったんだろうか。そう思わされたその景色には、山の険しさと山の美しさ、その両方を強く感じさせられた。
head”YAMAGAWA” headの中で山と向き合い生きているメンバー。北海道、群馬、カナダ、それぞれベースにしている場所が違い中々集まれなかった三人。やっと同じ場所に立てる時が来た。
初めての場所に初めてのメンツ。今回は学ばせてもらう側。しっかりと学ばせてもらおう。
やはりローカルは全てを良く知っている。
木々の位置から、斜度変化、雪質、この山を知り尽くしたようなその流れるような滑りは、ここで生きて来た事を強く物語っていた。
滑った後のラインを見るとその人がどんな人かがわかる。ゆっくりと、丁寧に、そして時に大胆に。まさしく大和そのもの。
限られた時間の中で、未知の場所で、自分を探す。
目の前に与えられた真っ白な大地に一本のラインを刻む。
言葉を交わさずとも、滑る事でわかりあえる。
自分にはない物を受け取り、心の中で噛み締める。
言葉は交わさずとも、その日の終わりを感じ、
振り返る事なく、帰路へつく。
head”YAMAGAWA”
ここから新しい何かが生まれると確信した。
それは今ではなく、この先。
自由に飛び回る三人が交わる時。
その時を待つ訳ではなく、いずれお互いのラインが交わる時。
これはまだ始まりにすぎない。これから。
そんな事を考えながら、カナダへのフライトを前に一度、白馬へと戻った。
白馬で唯一やりのこした事、やりたい事があった。
それは、みんなでスノーボードを楽しむ事。そして、自分なりのスノーボードをみんなへ伝える事。
みんなでフリーライディングのコンテストをしたかった。
コンテスト名はかなり適当で、「藤田クラシック」。
コブの斜面を全力で攻めて、ターンの正確さ、創造性(トリックなど)、タイムで争う。
なんでもありの一本勝負には意外にもみんな真剣で、特にタイムを計る事は普段あまりやらない分、新鮮だったのかもしれない。
ジャッジもみんなでやって、みんなに滑りを見られる。ジャンプを見られるんじゃなく、滑りを見られる。
スノーボードの基本的な滑るという事に、楽しさを感じてもらいたかったし、みんなで楽しみたかった。
ライダーもカメラマンも一緒になって、ただの斜面を攻める。
コブが深くてみんな転けて、笑って、タイム聞いて悔しがって。
スノーボードとは。
僕にとってのスノーボードは山を滑り降りる道具。
色々な場所へ連れてってくれる道具。
風を切り、地面からの振動を感じ、時には空へ飛び出し、重力を感じる。
自分の体験した事のない、感覚へ連れて行ってくれる。
”初めて”を求めている僕に、常に新しい何かを与えてくれて、自分の心を研ぎすましてくれる。
次から次へと現れる壁に、登りがいを感じ、まだ見ぬ向こう側への期待は膨らむばかり。
開拓 – 白馬
白馬を開拓したいと思い、生活した一ヶ月。
スノーボードが自分を開拓してくれていたのかもしれない。
Text : Kazushige Fujita
Photo : Kazushige Fujita,Yugo Tamagaki
Location : Hakuba,Tenjin
※ライディング写真は映像から切り取った物です。白馬のものはyugoさんの撮った物で、2014年秋発売のHYWODの新作、またその他でご覧になる事が出来ます。
彼独自の目線から綴られるコンテンツが特設サイトにて定期的に公開されています
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