先月2月中旬、日本のガールズスノーボードシーンに欠かせない上田ユキエと水上真里が北海道を共に旅した。ふたりは今から22年前に初めて篭ったゲレンデで出会い、その後お互いスノーボーダーとして22回のシーズンを過ごしてきた。それぞれ怪我に泣いたシーズンもあれば、海外の雪山を一緒に過ごしたシーズンもあった。スノーボーダーとして、お互いのターニングポイントを常に感じてきたふたり。偶然のような必然的なタイミングで今回旅をすることになったのだ。
この企画では、彼女たちが過ごした北海道での6日間の記憶とともに、各地で出会うゲストライダーとのセッション、北海道の魅力、そして今もなお彼女たちを虜にするスノーボーディングの魅力を、上田ユキエが自ら書いたストーリーで4回連載に渡ってお届けする。
Text: Yukie Ueda
VOL.3 ~名寄編~
DAY3は黒岳から名寄へ
これまでと違うのは、現地に楽しみな再会が待っているということだ
真里にとっても私にとっても
2000年代ビッグエアーで世界のトップに並び表彰台に上がりまくった男、鈴木 伯。彼こそが私たちが名寄で会いたいライダーだった。そもそも「名寄に行こうか!」なんて話が出たのはトリップの数日前のこと。私たちは知らない土地でのアウェイな経験が楽しみな反面、いいところを滑るためにはローカルの情報が不可欠だということを知っていた。北海道にいる真里はあちこちに働きかけ情報を収集してくれ、私もアメリカからメッセンジャーやインターネットで情報を収集していた。旅がなんとなく旭川方面へ向かって行った時、名寄が候補に上がったのだ。
「行きたいね」「遠いけどね」「伯がいるね」と、迅速な真里の行動によりあっという間に名寄ローカルの大スター伯とセッションできることになり、その瞬間に名寄は私たちの旅のメインイベントとなったのだ。
真里は初めての名寄、私は名寄に強烈な思い出があった。それは2004年、伯がトヨタビッグエアーや東京ドームで行われていたエクストレイルジャムなどのビッグエアーで表彰台に上がりまくり大スターになっていた頃に話はさかのぼる。その頃、伯の地元である名寄の駅前に巨大な櫓が組まれ、ビッグエアーショーが行われることになり、足を運んだのだった。あのジャンプ台には足がすくみ、ドキドキさせられたことを今でも覚えている。
旭川でちょっと寄り道して2時間半のドライブ後、私たちは名寄ピヤシリスキー場に到着し、部屋の窓を開けると目の前にナイターのゲレンデが光っていた。「ちょっと滑りに行く?」またもや自分たちの体力を忘れてすぐに攻めようとする女達…笑。しかし思いとどまるに充分な理由があった。この旅では名寄の夜にひとつの目的があったのだ。
まずは名寄温泉で黒岳で滑った疲れを癒し、そのまま横になりたい気持ちを奮い立たせながら化粧をした。「久しぶりに伯に会うのに身だしなみを整えないわけにはいかないよね」と、お互いに説得しあいながら(笑)。そうこうしているうちに伯はロビーに到着した。真里は完璧に、私は大して化粧の完成度が上がらないままの再会を果たした。
伯、全然変わってない(笑)。ウエアに雪を積もらせたまま現れた伯は、10年以上前に会った伯と変わらなすぎて一気に緊張感が途切れた。
私たちの名寄で行きたい場所のひとつは、今シーズン伯が始めたBARだった。伯がBARを始めるなんて、なんだかとっても不思議だし興味深かった。しかし「BARには明日の夜来てください、会いたがっている人も呼んでるので」という事だったので私たちはあっけなく引き下がり、ホテルの居酒屋へ行く事にした。伯曰く「ここメチャクチャ旨いです!」とオススメの店へ。
この居酒屋は伯の言うとおりとんでもなく旨い店だった。「こんな甘エビの唐揚げ食べた事ない!」から始まり、刺し盛りの魚に気絶しそうになりながら生ビールと日本酒が喉を通っていった。
この夜も布団に入ってからのトークは永遠と続きそうだったが、さすがに疲れた大人達は2秒で寝息を立てていたと思う。
翌朝、天気が荒れる予報だった。それでもよかった。旅の疲れもあるし少しゆっくり休みながら「名寄のゲレンデを満喫できればいいね」なんて話してた。しかし私たちの予想とは裏腹に、目を覚ますと眩しい青空が広がっていた。
悲しい性かな、太陽を浴び新雪に覆われた斜面を見ると、疲れより気力の方が勝ってしまう。伯が到着するまで少しのんびりしようとしていた真里へ、私は気迫たっぷりで言い放つ。「ちょっと、滑ってくる!」足早にゲレンデに向かった。
天気予報が悪い日の朝の晴れは、一瞬の晴れ間になる事が多い。これを逃したくはない。見えるうちに滑って天気が崩れたらゆっくりしよう、という狙いもあった。
案の定、1本滑ったらあっという間に山には雲がかかり青空は消えた。それでも北海道のこの地では意外だったのだが、スキー場のパークが面白かった。軽い雪の降り積もったスパインや起伏で遊びながら足慣らしを楽しむ。
間も無く伯がやってきた。真里も合流し今度は3人でもう一度ゲレンデに向かった。こんな天候だし、さほど期待はしていなかったのだが、その日私たちは想像を絶する伯ワールドに引き込まれ、名寄の計り知れない楽しさを知る事となる。
旭川より更に北に位置する名寄の雪質は、とんでもなく軽い。伯が連れて行ってくれるラインはとってもメローなのにフワフワと異空間にいるような気持ちよさだ。しかも全員がグーフィーだったから、滑るラインのイメージも合わせやすく面白くて仕方ない。真里も私も、動物のように驚くほどしなやかで柔らかい動きで木の中を滑っていく伯の後ろを付いていくのが楽しくてたまらなかった。伯の後ろを滑っていると自分も柔らかい動きになっている感覚に陥る。事実そう滑らせてくれる名寄の雪の軽さであった。
Specal Thanks: 名寄ピヤシリスキー場
ノートラックのツリーランをお腹いっぱい食べた頃、自分の本当のお腹はペコペコになっていた。伯がオススメだと言ってゲレンデの上の山小屋レストランへ連れて行ってくれた。ここで食べたスープカレーは絶品だった!
美味しいランチでお腹がいっぱいになり午後のラウンドへと外に出ると、伯が何やら大きく手を振っている。その先を見ると…オレンジ色に光る物体が!!!
名寄ローカルといえばこの人!という人がもう1名登場。さっきリフトの上で噂していた土井隼人の登場だ。
隼人の登場とともに大荒れ予報の空に奇跡的に太陽が顔を出し、この4人のセッションが始まった。彼らの名寄ワールドは私たちの想像を絶した素晴らしい場所ばかりで、『もっと行きたい!』と何度も何度も滑った。そしてノートラックばかりを滑ったこの日、一度たりとも同じラインは滑らなかったという事実に名寄の凄さを思い知った。
伯と隼人という最高のローカルと一緒に私たちは今までに経験したことのないほど静かで落ち着いた気持ちで滑っていた。伯も隼人も攻めている滑りなのに、彼らの柔らかい動きと穏やかな性格からかゆったりした雰囲気が流れているようなセッションだった。
私と真里の歩んできた道は全然違うようで結構絡んでいた。私がリーダーとなって始めたガールズチーム『リル』に水上真里はなくてはならない存在として何年も出演してもらったが、それ以前に『ファーストチルドレン』に関わった女性ライダーとして真里と私を思い出してもらえるだろうか。あの時代、日本のスノーボード界が大きく変わっていった渦の中に私たちはいた。主流だったハーフパイプからビッグエアーやストリートレイルなど、幅が広がっていった。当時の真里と私は『日本の女の子ライダー』という枠から飛び出してやろうという野望を持ったライバル同士でもあった。だから時に行動範囲がかぶることもあったし、私たちが興味を持つ場所もライダーもブランドも共通していた。お互いを意識し続けて生きてきたことは間違いない事実だ。
きっと同じように、鈴木 伯も土井隼人も、それぞれのスノーボード人生を駆け抜けてきたはずだ。ガツガツと野望に燃えていた時期もあれば、怪我や結果に悩む時期もあっただろう。語らずともここまでスノーボードを続けている姿を見れば、私たちには共通する何かがある。
この夜、真里と私は名寄の街に繰り出し、伯のオススメ居酒屋で祝杯の酒を交わした。この旅への祝杯だ。まだ終わってはいないが。
部屋飲みとは違う。会えなかった時期に起きた出来事や、あまり言えなかった過去の思い。お互いに気持ちが一気に溢れ出て、笑いも涙も溢れ出た。きっとこうして共に旅をしているから自然と溢れ出る思いがあるのだろう。
語り合って酌も進み、良い感じに出来上がった私たちはいよいよこのトリップの夜のメインディッシュ!伯のBAR、その名も『Stale Fish』へ足を踏み入れた。そこで私たちを待っていてくれたのはHIP HOPアーティストのHI TOPくん。覚えている人も多いだろうか?リルの刺激的な伝説ライダーC4の楽曲を手がけてくれていたのは彼だった。
「俺が音楽を続けていくきっかけをくれたのはリルなんで」
控えめに、でもはっきりとそう言ってくれた彼の言葉が胸に響いた。あの頃がむしゃらだったけど、やって良かったなって胸が熱くなった。
名寄の雪山で私たちの体は柔らかくほぐされ、名寄の夜の街で心も熱く満たされ、最後は真里とカラオケを熱唱して名寄の夜は幕を閉じた。
ここではいくつかの嬉しい再会があったことが、私たちの旅を彩ってくれたことは間違いなかった。熱い気持ちを胸に、ぐっすりと寝床に着いた。
女ふたり旅 〜名寄編 MOVIE〜
(伯と隼人の気持ちいい滑り、私たちの滑りも動画に入ってます。是非チェックしてみてください)
富良野へつづく。
次回も1週間後に最終回の 「VOL.4 〜富良野編〜」 をUPします。
お楽しみに!
VOL.1 ~旭岳編~はこちら
VOL.2 ~層雲峡温泉&黒岳編~はこちら
★PROFILE
上田ユキエ
1973年1月22日生まれ。カナダウィスラーでスノーボードを始め23年、ハーフパイプやビッグエアーなどの競技を経てバックカントリーの魅力にはまる。現在はアメリカに移住し5歳の息子を育てながら自らのプロ活動を続ける傍ら、キッズと母親のプロジェクト(LILKIDS&MAMA)や日本の若手をアメリカで経験させるキャンプ(CALI LIFE CAMP)などを運営している。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, Billabong, MORISPO SPAZIO, NEFF, RONIN, ZOOT, CORAZON SHIBUYA, LALALATV
水上真里
1976年7月17日生まれ。高校の交換留学生として行ったNEW ZEALANDでスノーボードと出会う。パイプ、ストリートレール、スロープスタイルを経て、現在はバックカントリーを中心に滑る。怪我で数年間滑れなくなったことをきっかけに都内や雪山でスノーボーダー達が楽しめるパーティー(PARTY BUNNYS)やイベント(SHREDDING GIRLS)を開催している。
SPONSOR: GNU, NORTHWAVE, DRAKE, WESTBEACH, SPY, BLACKDIAMOND, SBN FREERUN, SHREDDING GIRLS, PARTY BUNNYSイベント, 赤羽ファースト歯科