中尾 MASAI 正明。スケート、サーフィン、スノーボードをこよなく愛すライダーでもあり、実力も国内屈指のライダーである。数年前に都内で「自分は活動の場を鳥取に移します」と言っていたのが印象的だった。それから月日が経ち、あらためてオフシーズンにじっくりと話しを聞く事ができた中尾 MASAI 正明のインタビューをお送りします。
1)マサイ君がスノーボードを始めたきっかけを教えて下さい
幼稚園の時から父親にスキーに連れて行ってもらっていたんですが、14歳の時にスキー場でジャンプしているスノーボーダーを見てやりたい!と思いました。
わかさ氷ノ山スキー場というスキー場だったかと思います。リフトに乗っている時にその姿を初めてみたんですが、とても印象的だったのを覚えています。そこから今の31歳までのめりこんでますね。ただ高校の時は野球部だったので部活が忙しくて殆ど行けませんでしたが。
それから先輩のスノーボーダーについていったりしながら滑り続けましたね。
2)それから活動エリアはどこになったんですか?
まずは妙高の池ノ平で3年間過ごしました。シーズンオフにはNew Zealandに行ったりしてましたが。ただその時点ですでに色んな所から北海道は良いよ、という話が出ていたので2年目には池ノ平に居ながらもシーズンの一ヶ月は北海道、というルーティーンでした。
それから北海道に篭り始めて7SAMURAIと撮影をする様になり、春はアメリカのマンモスで滑り、その後天神に2シーズン、という感じですね。
北海道では殆ど7SAMURAIの撮影がメインだったので、車で生活してました。良い生活でしたよ(笑 でも牛乳が凍るのが辛かったです(笑 自分は朝ご飯はフレークを食べていたので。
やっぱり北海道が一番良いと個人的には思います。
4)2年前に鳥取県を活動の場としたきっかけ、目的は何ですか?
まずきっかけとして環境がいいんです。僕はスノーボード、サーフィン、スケートもしますが、鳥取県は簡単に言うと街が山と海に挟まれているので全てにアプローチがしやすいんです。このロケーションのおかげでいつでも何かしら楽しむ事ができます。
また子供の時に登った山があるんですけど、「あの山、あの斜度に雪がついたらどうなるんだろう?」と純粋に思ったのもありますし、僕が思うに日本の山は世界に負けない山がたくさんあると思いますし、「わざわざ海外にまで行って滑る」という行動自体が自分の中でのプライオリティではなくなってきたんです。そしてその日本の山をもっと広めていきたいというのが目的の一つですね。
5)2シーズン鳥取県で過ごしてみて、あらためて感じた部分はありますか?
実は友人3人と1日でスノーボード、サーフィン、スケートをやってみよう、と思い立った時があって、朝サーフィンしてから昼過ぎにスノーボード、夕方からスケートという事がストレス無くできた事がありました。これは鳥取県の地形、ロケーションならではだと思いますし素晴しい事だと思います。
なのでライフスタイルの一部分として動画を作ったりもしましたね。
6)今年のStonpの撮影はどうでしたか?
去年と変わらず地元での撮影を行いました。ただ鳥取はわかるとおり、かなり遠い場所にあるので撮影を行なうためにカメラマンや友人の手助けがないとできなかった部分があるので、そこに関しては本当に感謝しています。
7)マサイ君が目指すスノーボードスタイル、ライフスタイルはありますか?
ストリートやパウダーも滑っていますがカテゴリにとらわれずに「スムースに」滑りたい、ということですね。あとは中国地方っていうのはライダーも少ないし、試写会もなかなかないし。なのでそこの部分で自分が何かできる事が無いのか、と常に考えています。
Keep Snowboardingですかね。やり続け、楽しみつづけて欲しいと思います。
そこにきっと新しい価値観やライフスタイルが生まれてくると僕は信じています。
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