先月2月中旬、日本のガールズスノーボードシーンに欠かせない上田ユキエと水上真里が北海道を共に旅した。ふたりは今から22年前に初めて篭ったゲレンデで出会い、その後お互いスノーボーダーとして22回のシーズンを過ごしてきた。それぞれ怪我に泣いたシーズンもあれば、海外の雪山を一緒に過ごしたシーズンもあった。スノーボーダーとして、お互いのターニングポイントを常に感じてきたふたり。偶然のような必然的なタイミングで今回旅をすることになったのだ。
この企画では、彼女たちが過ごした北海道での6日間の記憶とともに、各地で出会うゲストライダーとのセッション、北海道の魅力、そして今もなお彼女たちを虜にするスノーボーディングの魅力を、上田ユキエが自ら書いたストーリーで5回連載に渡ってお届けする。
Text: Yukie Ueda
VOL.4 ~富良野岳編~
旅の4日目は憧れの富良野岳へ
富良野へは朝からの移動だった。日中の移動は新鮮でもあった。晴れたり、吹雪いたり、富良野までの道のりは目まぐるしく天気が変わり景色も変わっていった。
北海道でのロードトリップは渋滞で困るなんてことはまず無い。走り続けているとつくづく北海道って広いな!と実感する。路面は基本的に雪が積もっていたり時に凍りついているが、それに動じず結構なスピードとキレのいいハンドルさばきで突っ込んでいく真里の運転にもそろそろ慣れてきた。
富良野岳の麓、上富良野では江口洋介みたいな渋い男が車中で待っていた。
この男、テレマークを履いて雪山を撮りまくるカメラマン、中西タカヒロ氏。私たちの旅の終盤はこのプロカメラマンの手により撮影してもらうことになる。前夜にアメリカ撮影より帰国ホヤホヤの彼を捕まえられたことはとてもラッキーだった。北海道の雪山を熟知した彼が同行してくれるのはとても心強い。
私が長年行ってみたかった場所、初めての富良野岳。到着がやや遅れたので速攻準備に入る。車内だって駐車場でだって即座に滑る格好にチェンジできるのは、女スノーボーダーとしての長年の技だ。
私たちは深い雪の中を登るためのスノーシューを履き、ビーコン(雪崩発信機)を体に装着した。富良野岳はスキー場ではない、バックカントリーだ。正午過ぎてからの山登りというのは何だか緊張感に欠けてしまいそうで身支度をしながら気を引き締めた。どんな時だって、山に入る時は絶対に集中しなくてはいけない。気心知れた仲間と一緒でも。
この山男カメラマンも、バックカントリーに慣れた真里も同行するには頼もしい存在だった。
富良野岳の登山口では既に山から下りてくる人たちとすれ違った。この時間から登る人はほとんどいないのだろう。中西カメラマンが誘ってくれなければ今日のこのタイミングには行かなかった思う。真里がいなければこの方面にも来れなかったかもしれない。つくづく人とのつながりが人生の過ごし方にいかに重要かということを感じていた。
私たちは山頂まで登るつもりではなかった。2月、まだ日はそう長くない。欲張って形にこだわるものではない。私たちの真の目的は登頂を目指すことではなく『富良野岳を滑る』ということだった。
晴れ間も期待していた富良野岳だが雪が降り始めた。大粒の、とても質の良い雪だ。これが登っているうちにどんどん降り積もっていく。今すぐにでも滑り降りてゆきたいという衝動に何度もかられるほど、踏みしめる斜面は素晴らしい雪質だった。
深々と雪の降り積もる富良野岳は、とても静かで神聖な気分になった。
カメラマン中西氏は淡々としている。クルーが女だからと言って特に関係ない様子だ。時折下らないセクハラ発言で笑いを誘ったが実際はとてもジェントルマンに配慮してくれていた。テレマークで足早にラッセルし、枝に降り積もった雪を黙って落としてくれていたりする。彼が潜り抜けた木の枝は私たちの背負っているスノーボードにはひっかかると知っているのだろう。持てば想像以上に重くて驚くカメラバッグを背負いながら、気づくと様々な配慮をしてくれていたのだ。おそらく男だから女だからということではなく、一緒に山に入る仲間に対しての配慮が彼には備わっていた。限られた時間の中で自分にできることを精一杯残したいと思う中、彼の配慮は私たちの大きな力になっていた。
富良野岳の世界は今思い返しても特別だった
静かな山の中、降りしきる雪。見渡す限りの木々にも私たちの体にもどんどん降り積もっていった。
真里と私は幻想的な雪景色の中を滑った。物凄く軽くて大粒の極上パウダーをあげながら。
深い雪の中を登るのに少々時間を要したため、どんどん薄暗くなって行った。
やめられなかった。
何度登り返したことだろう。夢中だった。みるみるうちに辺りは暗くなり、反比例するかのように雪質がどんどん良くなる。私たちは怖いくらいに引き込まれていた。
いい加減この辺でやめておかないと帰り道が真っ暗になってしまうとキリをつけた頃には、私たちはやまんばのようになっていた。
やまんばは自分達の体力の限界ギリギリだったようで、帰りの川で一匹落ちた。苦笑
厳冬期の吹雪く夜、人気のない山中で冷たい川に滑落するとは、たいそうな事故である。しかし私たちはそれすらも大笑いしネタが増えたと喜べるほど、スノーボードに鍛えられて生きて来た。
車に辿り着いたら真っ暗だった。私の髪はまだガッチリ凍りついている。すぐにでも食堂に駆け込みたいほどお腹が空いて死にそうだったが、やまんばの姿では町の人間を驚かせてしまうので、そそくさとスーパーで割引になったお惣菜や弁当を買い込みその日の宿に向かった。富良野温泉にゆっくりと浸り解凍された私たちはやっと人間の女の姿に戻り、何事もなかったかのように浴衣でビールを乾杯したのだった。
女ふたり旅 〜富良野岳編 MOVIE〜
富良野スキー場へ続く
次回も1週間後に「VOL.5 〜富良野続編&旅の終わり〜」をUPします。
(内容が濃すぎて1週増えました。次回が最終回です!)
お楽しみに!
VOL.1 ~旭岳編~はこちら
VOL.2 ~層雲峡温泉&黒岳編~はこちら
VOL.3 ~名寄編~はこちら
★PROFILE
上田ユキエ
1973年1月22日生まれ。カナダウィスラーでスノーボードを始め23年、ハーフパイプやビッグエアーなどの競技を経てバックカントリーの魅力にはまる。現在はアメリカに移住し5歳の息子を育てながら自らのプロ活動を続ける傍ら、キッズと母親のプロジェクト(LILKIDS&MAMA)や日本の若手をアメリカで経験させるキャンプ(CALI LIFE CAMP)などを運営している。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, Billabong, MORISPO SPAZIO, NEFF, RONIN, ZOOT, CORAZON SHIBUYA, LALALATV
水上真里
1976年7月17日生まれ。高校の交換留学生として行ったNEW ZEALANDでスノーボードと出会う。パイプ、ストリートレール、スロープスタイルを経て、現在はバックカントリーを中心に滑る。怪我で数年間滑れなくなったことをきっかけに都内や雪山でスノーボーダー達が楽しめるパーティー(PARTY BUNNYS)やイベント(SHREDDING GIRLS)を開催している。
SPONSOR: GNU, NORTHWAVE, DRAKE, WESTBEACH, SPY, BLACKDIAMOND, SBN FREERUN, SHREDDING GIRLS, PARTY BUNNYSイベント, 赤羽ファースト歯科