Burton New Zealand OPEN 2010 修了が修了した。
これにより THE SLOPEの優勝者を海外に連れていく!
という企画は達成された。
1年前にこの企画を提案し実現するにあたっての私のモチベーションはただ一つ。
THE SLOPEというイベントを、2000年にslopestyleを開催する為に集まった人々で
味わった経験にしたかった。
やりがいがあり、世界と繋がる事、・・・
さて、今から10年前のSlopestyle開催時はすでにスノーボードバブルがはじけ、
いろんな意味で業界にも閉塞感があった時だったと思う。
そのおり、日本のスノーボードシーンに新しい姿を臨んでいたメンバーが必然的に集った。
メーカー、ライダー、スポンサー、運営委員会・・・。
いろんな枠を超え、それぞれが自分のできる事をしてスノーボードのシーンに革命を起こすべく
Slopestyleにそれぞれのスタンスで参加していった。
当時の選手は、今ではバックカントリーでその冴え渡るフリーライディングの才能を
いかんなく発揮していたりする。ショーンも、ジェイミーも、トラビスもニコラスもいた。
そういった歴史あるイベントということも今ではあまり知られなくなっていると思う。
3年前から今の名称THE SLOPEに代わり、自然に私の個人的な情熱は冷めていき
会場にも姿を現さなくなった。
しかし今回は違った、THE SLOPE優勝者の、関功、一身喜一郎という2名の選手を
海外の大会に参加させるという、個人的な大きなモチベーションが
SlopeStyleに参加したときの新鮮な気持ちをよみがえらせてくれた。
もしかしたら新鮮というより、ピュアなスノーボードに対する個人的な関わりかたで
日本の事だけという環境だと、私はどうしても息が詰まるのかもしれない・・・。
南半球のニュージーランドには、世界中のライダーが集う。
そこで開催されているBurton New Zealand OPEN に日本のTHESLOPEからの招待選手が参加できる。
最初は夢のような話だった。
しかし現実化した今は、イベントが縮小傾向になる今のスノーボードシーンに対しても
大きな一歩だと信じて疑わない。
その第1回目の記念すべきライダーとして関功、一身喜一郎が選ばれたのは
THE SLOPEにとっても幸運だったと思っている。
世界を転戦している一身喜一郎は、国籍、人種、性別、ライディングスタイル問わず
多くのスノーボーダー仲間がいる。
その彼がTHE SLOPEで選ばれて参加し、THE SLOPEを彼が自分の仲間に知らせてあるいた
事は彼の個人大会結果では評価されにくい多くの功績をすでに残したと思われる。
また関功の成績にも大きく影響したと思う。喜一郎が世界のこと、常識を細かく伝えた事が
功の初めての海外遠征でどれほど心強かったかは計り知れない。
さてその関功 ルックスとは裏腹の(失礼)優しさあふれる素直な若者は、
現地のディガー、他の選手、NZOPENのDJ含めみなを虜にした。
ヘルメットかぶらず、2オーバーサーズの着こなし、完璧なレースさばき、
バックサイド720°シャッフル(セカンドジャンプ)はスタイリッシュであり、
他に類を見せない華があった。
歓声も現地ライダー同様にあがっていた。
この22歳の若者、関功は、
毒にも染まらず、近寄らず、このまま未来に向かっていってほしいと思う。
さて話をまとめよう。
「心が震えるスノーボードを通じての感動を表現し伝えていく」
これがが私の仕事だと思っている。
そしてそのような場所を探し、出会いを求め日々過ごしているのかもしれない。
そのためには、先人が貴い時間を費やしてできた道を登るのが一番だと信じている。
もちろんその道を行くときは感謝と尊敬を忘れずに登る。
その結果、はじめて見えてくる自分で開拓するべき新しい道に出逢える。
ここで初めて先人達の道から外れて自分の手足で道を切開く。
その時、気がつく
その一歩を造る事がどれほど大変だったことか・・・
THE SLOPE
これも同じ、
このイベントをやり続けているキャタリストのメンバー、毎年イベントを
応援してくれてきスポンサーの皆様、応援にきていただいたスノーボーダー達、
ゲレンデの皆様、今回のNZ OPEN参加で協力いただいたBurtonクルーのメンバー、
影でサポートしてくれているジャパホのメンバー、そしてQuestワナカのトミタカズ。
その他、書ききれない人に多くの人に支えられこのイベントは続いてきた。
ここにいさせてくれることに私も感謝したい。
また皆さんから受け継いだ次の10年の種は、
新しいメンバー達によってNZにも蒔かれ、大きく育つと信じて疑わない。
(C)UNTRACKED MAG








